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初めまして。私は今、看護学校の三年です。ちょうど一ヶ月前に全ても領域別実習が終了しました。実習を終えた今、私は看護っていったい何なんだろうと考えさせられています。勿論、今でも看護婦になりたいという気持ちは誰にも負けません!でも、、、
実習中でのある出来事をきっかけに判らなくなりました。
外科病棟実習の時に、手術後の経過が悪く、それでも、一生懸命に生きようって患者さんも、家族の方も頑張っていた方々と出会いました。その方が亡くなった日の午後、夜勤の看護婦さんが病棟に上がってきた時に、婦長さんが「OOさん!今日ねあの人亡くなったのよ」 私は、患者さんが亡くなった事を知らせてるのだと思いました。だけど、、、夜勤の看護婦さんはすごく嬉しそうに「本当に!婦長さん!良かったぁー。私あの人が生きてたら今夜の夜勤どうしようかと思ってたのよ。」 婦長さんも嬉しそうに「良かったね−」と夜勤の看護婦さんにハグしてたんです。 詰め所の外にはまだ、ご家族の方がいるのに、、、、、
患者さんが死んで自分の仕事が軽くなったと喜んで言葉に出して話していた二人の姿が今でも忘れられません。勿論、その後の実習で沢山の尊敬できる看護婦さん達と出会い、「絶対にあんな看護婦にはならない」と心に決めています。勉強になったと思うようにしています。ですが、、、
知っている方々が亡くなると必ずその時の光景を思い出してしまいます。確かに、少ない人数で沢山の患者さんを看護する夜勤は大変だと思います。でも、実際に思っていても、口には出して欲しくなかったです。人が死んであんなに喜んでいる人が何で看護婦してるんだろう、何で看護婦を指導する立場である婦長が人の死を喜んでいるんだろう?という疑問が今でも消えません。それ以来、「看護とは」についてわからなくなりました。こんな気持ちのままじゃ、国試の勉強にも集中できません。
教えてください。実際に現場に出ている看護婦さん達にとっての「看護とは」どういうものですか?人の死に対してあんなにも簡単に片付けてしまうことができるようになるんですか?
うまく文章にまとめることができませんできたが、先輩方の意見や、同じ体験をしたことのある学生さんの意見を聞かせてください。
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(S.Kさん) |
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S.Kさんのメールを拝見して,正直ショックを受けました.「世の中にこんな看護婦がいるのか」という思いです.S.Kさんが看護について疑問を感じてしまう気持ちがよくわかります.そのような人たちは看護婦としてはもちろん,人間としても最低だと思います.
今回,S.Kさんは実習を通して偶然そのような場面に出くわしたようですが,これは看護について考え直す一つの契機ととらえてもいいと思います.現実には,このような看護婦もいる.そんな中で,自分のめざす看護とは何か,ということをあらためて考えることのできた体験と言えるのではないでしょうか.
私も学生時代の実習で,ある看護婦の心ない一言で患者さんとの関係が壊された経験があります.S.Kさんとは少し違いますが,私も「あんな看護婦にはならない」と強く思い,看護って何をするものなんだろう,と考えたことがあります.私はその経験から進学を志し,自分の中での看護を深める機会を得ました.現在数年経ちますが,今振り返るとあれはあれで一つの学びだったのでは…と感じています.それは,やはり自分自身が立ち止まって考え,それを現実のものとしてとらえることができたからだと思います.
私は今自分自身が考える看護とは,その時自分が感じた純粋な気持ちから生まれるものだと思っています.これは,あくまで私の意見ですが,その時に思ったことが自然とケアにも生かされてくるのではないか…と考えています.S.Kさんもきっとこの経験から看護について真剣に考えて深めていけると思います.今はまだショックが大きいかもしれませんが,でもこのように考えたことは決して無駄ではありません.
是非これからも頑張っていってもらいたいと思います.応援しています. |
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(ナースO) |