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2008年10月03日

【国試体験記】 少数派の方法論

今日はこれまでと趣を変えて,国試浪人として1年を過ごしたHさんの体験記をお送りします.
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国家試験は1割の人が落とされるだけの単なる資格試験です.
では,9割の人が受かる試験に,なぜ医学生はこれほど真剣に毎日勉強するのでしょうか.
私がその理由に気付いたのは,国試に落ちた後だった気がします.
つまりそれは,確率的には1割であっても,個人的には100か0かのどちらかしか存在しないからです.

医師になりたいと思って四半世紀を生きてしまった多くの人にとって,免許がなければ何者でもない.
多くの医学生にとってそれは事実であり,私も落ちた当初は,その思いに打ちのめされました.


◇◇ 医学部で過ごした6年間

中学3年時に父親と祖父がほぼ同時期に癌に冒された私が医師を志したのは,ごく自然のことだったと思います.
高校1年から大学のオープンキャンパスに参加し,単願で一浪の末入学した時の志はクラスの誰よりも高かったような気がします.
入りたい大学に入れて,なりたかった職業に就ける.
私は希望通りの道を歩んだはずでした.

しかし6年間という長い歳月をかけてやっとわかったのは,そこが自分の目指した所ではないかもしれないということにすぎませんでした.
少なくとも今の自分がその世界に存在することは苦痛以外のなにものでもありませんでした.
それは単なる私の努力不足なのかもしれません.

6年生の1月,結論を出すには遅すぎる時期でした.
私は2週間の勉強の末,1問足らずで不合格となります.


◇◇ 誰も知らない浪人生活

繰り返しになりますが,医師国試は1割の人しか落ちない試験です.
だから,医学生の浪人生活は大学受験のように“浪人生”という存在が広く知られることはありません.
特に私の大学は例年100%近い合格率を誇るため,留年もしていない学生が落ちることは都市伝説です.
今までレールの上を走ってきた者にとって,マニュアルの無い世界に突如として放り出される恐怖.
想像の及ばない世界でした.

大学受験のように,予備校は存在しますし,1割の不合格者のうち半数以上の人は予備校に通うのではないでしょうか.
しかし私が不合格となった原因が勉強法ではないことが明白である以上,予備校に通うことは考えませんでした.

浪人生活をどう過ごすか.東京で一人暮らしをする以上アルバイトをしないわけにはいきません.
家族を,つまりは自分を安心させるため,私はメディックメディアで働くことにしました.
勉強をしないまでも,毎日医学に触れることができる環境は浪人生にとっては最適の環境だと言えるでしょう.


◇◇ 社会的マイノリティーとしての存在

浪人生活における諸悪の根源は存在証明の不確実性にあるようでした.
簡単に言えば,職務質問された際にこちらが持ち合わせている返答として「無職です」「フリーターです」「ニートです」としか答えられない虚無感はいついかなる時も私を捉えて離しませんでした.
学歴社会においてそれなりの高みであった医学生という地位からの転落による喪失感は果てしなく大きく,為すべきことを考えるのには多くの時間が必要でした.
しかし時間は止まってくれません.
私はただ息継ぎを忘れないようにだけして,流れに身を任せました.


◇◇ 流れの中で見たもの

喩えるなら,私が感じた医者の世界は,足枷を一つ一つ外して生きていくような世界でした.
一方の私は足枷を一つまた一つとはめては引きずりながら生きてくタイプでした.
辛いことが起きた時,人はこう言います.
「時間が癒してくれる」「苦しみや悲しみはいつか必ず乗り越えられる」と.
医者の世界では確かにそうやって不要なものは切り捨てなければ,仕事は進まないのだと思います.
しかしながら,私にはそうは思えませんでした.
時間が経てば忘れられるどころか時間が経つほどに苦しいこともあるし,苦しみや悲しみというのは乗り越えて生きるものではなく,ともに生きていくものだと私は思いました.

そんな屈折した思いで流される日々の中で,私は目的としてではなく,完全に手段や方法としてのみ医者というバイトをしている人たちに出会いました.
今までは,目的としているという大義名分のもとに手段や方法としている人達ばかりを目にしてきて嫌気がさしていた私にとって,それは逆転の発想とも言える驚きの発見でした.
医者は職業であり,人間性を規定するものではない.
しばしば,尊敬すべき理想の人間像として医者が謳われるが,これは大いなる誤解を招く.
例外なく私自身もその誤解をしていたのでしょう.
すなわち,医者が理想の人間性を備えていることはあっても,理想の人間が医者になるわけではない.
当たり前のことだが,この違いが,患者との擦れ違いを生んでいる気がしました.
そして高校生の自分が目指したのは,職業としての医者ではなかったのでしょう.


◇◇ 受験勉強

そういうわけで,私は2度目の受験に備え,1月から受験勉強を再開しました.
医者の仕事がそうであるように,受験勉強も諦めや割り切る気持ちが大事だと思います.
私みたいにくだらない思索に時間をかけなければ多くの時間をとれるでしょうが,生憎限られた時間しかない場合には1月からでも集中すれば終わると思います.
もっと言えば,2週間でも終わるはずです.

しかし,9割の人が受かる試験において大切なものはなにか.
それは平常心,もっと言えば自分を信じる心,自信です.
根拠がなくても自信がもてるのであればそれにこしたことはないですが,大抵の人は何かしらの客観的指標によって自分が測られた末に得た評価によって自信を得られることと思います.
そのためには,多くの時間をかけたという事実は自分を信じてあげられる根拠になるので,少しでも多くの時間をさくべきだとは思います.

ただ,事情が許さなくても,最低1月だけ集中するべきだと思います.
国試の勉強は極論,記憶力の勝負です.
6年間上位にいたのに年明けから気を抜き不合格になった人の例を聞いてもわかるように,特別な人でない限り,記憶はどんどん薄れていきます.
したがって,12月までの勉強量に関わらず年明けからどう過ごすかが,結果に大きく影響すると思います.


◇◇ 他人のアドバイスを聞かないというアドバイス

ここまで書いてきてこんなことを言うのも何ですが,他人のアドバイスは聞かなくてもいいと思います.
休憩したほうが効率が上がる.友達と話す方が覚える.毎日図書館に行った方が生活のリズムが整う.息抜きをした方がいい.
本当にそうでしょうか.

集中するまでに時間がかかる人が頻繁に休憩していたのではいつまでたっても集中できないし,友達に聞いて馬鹿にされて嫌な気持ちをするくらいなら今やネットという文明の利器が何でも教えてくれるでしょう.
毎日図書館に行くためにメイクして着替える時間を考えれば家にいて起きてすぐ寝巻のまま勉強した方がよっぽど時間の短縮になります.
息抜きは甘えに過ぎないし,そもそも息が詰まるほど勉強しているなら受かります.

要するに大事なのは,自分がどういうタイプの人間でどうしたら効率よく勉強できるのか,どうすると自分をベストの状態に持っていけるのかをよく理解してから勉強することが大切なのではないでしょうか.

私は医師免許を得られなかった1年でその代償としては余りある多くのものを得ました.
しかし,ここでその素晴らしさを述べても立派な負け犬の遠吠えになってしまうでしょう.
これを読む人には受かる方法ではなく落ちない方法を少しでも伝授できればと思います.
9割の人が受かる試験なら受かる方法はいくらでもあるでしょう.
それに比べ,落ちる方法は少ないはずです.
だとしたら,背理法で突破するのも一つの方法ではないでしょうか.

(H)